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仙台地方裁判所 昭和32年(行)8号 判決

原告 三浦市治

被告 仙台国税局長

訴訟代理人 滝田薫 外三名

主文

被告が昭和三二年五月二日になした審査決定で原告の昭和三〇年度所得税額を金二〇、〇〇〇円とした部分のうち金二、八五〇円を超える部分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(双方の申立)

原告は「被告が昭和三二年五月二日付でなした審査決定で原告の昭和三〇年度所得税額を金二〇、〇〇〇円とした部分を取消し、これを金二、八五〇円と定める。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする」。との判決を求めた。

(原告の主張)

原告はその肩書地で田一町九反六畝を耕作して農業を営んでいる者であるが、昭和三一年三月一五日仙台北税務署長に対し原告の昭和三〇年度分農業所得金額即ち原告の同年度総所得金額をば具体的な収支計算に基き金二九四、九九七円、所得税額を金二、八五〇円として確定申告したところ同税務署長は同年七月三日農業所得標準による推計により右総所得金額を金三八五、九三〇円、所得税額を金二二、〇〇〇円と更正した原告は同年七月二四日これに対し同税務署長に再調査請求をなしたところ同税務署長は同年一〇月二三日棄却の決定をした。原告は更にこれに対し同年二月一九日被告に審査の請求をしたところ被告もまた農業所得標準による推計により昭和三二年五月二日原処分の一部を取消したのみで原告の係争年度総所得金額を金三七六、五〇〇円所得税額を金二〇、〇〇〇円とする審査決定をした。

しかしながら被告のなした右審査決定のうち推計による総所得金額及び所得税額を定めた部分は違法である。けだし原告のなした具体的収支計算は正確なものであり昭和三〇年度における原告の総収入金額、右総収入金額に算入されないことゝされているいわゆる供出予約減税額、必要経費額、総所得金額たる農業所得金額、諸控除額、課税総所得金額、所得税額はそれぞれ次のとおりだからである。

A  総収入金額       五二九、〇一七円

(内訳)

1  米 収穫量 五一石  四九一、八六五円

(内訳)供出米 三四石  三二八、三四二円

保有米 一七石  一六三、五二三円

2  供出米俵代        五、九五〇円

3  藁           二七、五四〇円

4  鶏による収入       五、〇〇〇円

5  昭和二九年産供出米に対する追払金

四、〇四五円

B いわゆる供出予約減税額  三七、四〇〇円

C 必要経費額       一九六、四二〇円

(内訳)

1  公租公課         九、〇一〇円

2  種苗代          七、六〇〇円

3  肥料代         五七、一九〇円

4  農具費         二九、四五七円

5  農業用衣料費      一六、〇〇〇円

6  農薬費          一、〇〇〇円

7  諸負担金        一一、二四六円

(内訳)水稲共済掛金     五、三九九円

牛馬共済掛金     一、七四〇円

農協負担金        六五〇円

土地改良区費     三、四五七円

8  脱殻調整費        二、〇〇〇円

9  農業用家屋修繕費     二、二四〇円

10  農業用材料費       七、四三〇円

11  牛馬費(馬一頭分)   四五、〇六〇円

12  臨時雇人費(一人一日三〇〇円で一一五人分)

三四、五〇〇円

13  小作料          二、八一〇円

14  農手利子         二、六〇〇円

D 総所得金額(A-B-C)二九四、七九七円

E 諸控除合計額      二七六、〇〇〇円

(内訳)

1  概算所得控除       七、五〇〇円

2  生命保険料控除     一三、五〇〇円

3  扶養控除       一八〇、〇〇〇円

4  基礎控除        七五、〇〇〇円

F 課税総所得金額(D-E) 一八、七九九円

G 所得税額          二、八五〇円

(被告の答弁)

第一、原告の主張事実に対する認否

原告がその肩書地で田一町九反六畝(但し公簿面積)を耕作して農業を営む者であること及び原告主張の如き経過でその主張の如き確定申告、更正処分、再調査請求、棄却決定、審査請求、審査決定が順次なされたことは認めるが、原告の主張するその昭和三〇年度における米の収穫量、総収入金額必要経費総額、課税総所得金額、所得税額はこれを争う。

第二、被告の主張

一、原告は係争年度に水田一町九反六畝(たゞし公簿面積)のほか畑一畝を耕作し家族九人農耕馬一頭をようし、農業所得者として相当の生計を立てゝいたものである。ところで原告は係争年度農業所得の収支計算を明確になし得る資料としては固定資産税等公租公課の領収証の一部や購入肥料等についての若干の受領証を所持していたのみであつて最も重要な収入金額を立証する資料を全然所持せず収穫物等につきたな卸しをした事績もなかつた。このような状況のもとでは原告の農業所得を具体的な収支計算で算出することは不可能であり、被告はそれをば推計によつて算出せざるを得なかつたのである。

二、被告は原告の係争年度総所得金額たる農業所得推計の基礎を仙台市七郷地区のために用意された農業所得標準に求めた。農業所得標準というのは収支に関する完全な記帳を行つていない農家が所得税の確定申告に当りその農業所得金額を計算する基礎として税務署が算定した一単位当り所得金額又は経費額であつて例へば田、畑についての一反当り所得金額、農耕馬についての一頭当り飼育費の如きものである。これは税務署が統計学における推計理論に従い多数の標本となる農家を抽出し、これについて行つた所得もしくは経費計算に基いて作成したものであつて関係市町村を通じて一般に公開されている。係争年度に仙台市七郷地区に適用された農業所得標準のうち田、畑の一反当り所得標準は次のようなものであつた。

〈表 省略〉

右掲記の反当り所得標準は前叙のような方法で作成され、かつ、公開されたものであるが右標準中の主要項目につき更に説明を敷衍する。

(一) 普通田収入金額

1 収入金額の基礎となる収穫高の算定方法

イ 仙台北税務署管内の各市町村を山間部、平坦部、中間部の三地域に区分し、右区分された地域ごとに当該地域の総収穫高を推計するに足る圃場を相当数選定のうえ適期に坪刈調査を実施して当該地域の総収穫高を推計する。

ロ 右各地域ごとに地力状況中庸と認められる町村もしくは市内特定地区(以下単に町村という)を基準町村に選定し当該基準町村において経営規模及びその他の事情が類似する標本となる農家を相当数選定するほか基準町村以外の各町村についても経営規模等が中庸と認められる農家を選定し、このようにして選定された農家につき現実の収穫高を刈束、せろ籾、在庫高等の実地調査で確認し、前記坪刈調査による推定収穫高を検討する。

ハ 農林省統計調査事務所、県、市町村及び各種農業団体が実施する収穫高調査の結果作成する資料を調査し、イ、及びロ、による調査事績検討の資とする。

ニ 以上のような方法で作成された各町村ごとの推定美収高につき、関係市町村当局、農業団体及び事情精通者等から意見を聴取じて協議のうえこれを最終的に決定する。

ホ 次に仙台市農業共済組合から被害率三〇パーセント以上と認定された被害地を除外して次の算式により普通地の反当り収入を算定する。

(推定総実収高-30%以上の被害地の実収高)/(作付総面積-30%以上の被害地の作付面積)=普通地反収

右のような方法で算定した仙台市七郷地区の普通地反収は二石七斗である。

へ 七郷地区内に在る田でもその地力が種々異るので前記農業共済組合による農作物共済引受基準反収によつて同地区内普通田の地力を前掲標準表に示す如くA、B、C、D、Eの五段階に区分した。右農作物共済引受基準反収というのは農業災害補償法にいう共済事故による減改の際農業共済組合が組合員に農作物共済金を支払うかどうかを判定する際にその基準となる当該耕地の平年収穫量であつて農林省が制定した共済基準反収設定要領により各耕地ごとに設定された反当り収穫量をいうのである。さて、右のようにして地力区分を行つたうえ七郷地区の実情に即して各地力ごとの反当り収穫量を次のように定めた。

地力区分 共済引受基準反収 所得標準作成の前提とされる標準反収

A      二五四升          二九九升

B      二四〇升          二八三升

C      二三〇升          二七〇升

D      二一七升          二五六升

E      一八九升          二二四升

平均     二二九升          二七〇升

2 収入金額の算定

昭和三〇年における平均米価(同年一二月末日現在における供出米検査等級ごとの裡値を加重平均によつて算出したもの)は一石当り金九六三九円であり、これに副産物である藁の一石当り金五四〇円(石当り収量を四五貫として単価一二円を乗じたもの)を加算して一石当りの収入金額を金一〇、一七〇円とした。従つて例へば地力Bに属する普通田の反当り収入金額は二八、七八一円〔10,170円×283(石)〕ということになる。

(二) 普通田必要経費

標本として抽出した農家につき実地調査した事績に関係資料を参酌して必要経費中田一反当りに標準化するのに適当なものを左記の要領で反当りに標準化したものである。なお反当り所得標準の中に折り込まれない牛馬費、臨時雇人費、共済掛金、改良区費、小作料等は特別控除経費として反当り所得標準によつて算出した所得金額から控除されることになつている。

1 公租公課

当該年中に納付すべきことが確定した固定資産税、諸車税及び部落協議費を計算のうえ普通田にかゝる部分を区分して計上したものである。

2 種苗代

収穫した作物の種苗代を計算したものであり、前記調査事績を基礎として当該町村の平均反当り播種量を算定のうえ自給種苗及び購入種苗に区分して計算し、これを合計したものである。

3 肥料代

自給肥料については前年度産米について収穫した藁のうち牛馬用、俵、叺その他の藁工品用及び屋根のふき替用として用いるものを除き堆肥造成用として用いる藁代を計算した。購入肥料については、調査対象農家の実際に投下した肥料について、その種類別に反当り投下数量を求め、これに当該町村の耕作面積を乗じて当該町村における種類別推定総必要量を出し、これと別途調査した当該町村における実際の購入肥料の種類別総量とを比較して割合を求め、この割合を調査対象農家の種類別反当り実際投下量に乗じて計算した代価を合算した。前掲所得標準における肥料代は右のようにして一反当りに標準化した自給肥料と購入肥料の合計額である。

4 農具費

調査対象農家の農具修理費及びその補充費を調査するほか別途調査した各町村ごとのその平均所要量及び金額についての資料に基き普通田にかゝる分を区分して算定したものである。

5 償却費

農具及び建物の減価償却費を計算のうえ、普通田にかゝる分を算定したものであるが、その要領は調査対象農家の実際の減価償却を基礎とし、別に集めた資料によつて算定した当該町村の各年次ごとの平均取得価額及び償却割合等を参酌して標準化したものである。

6 その他

衣料費、農薬代、農業手形利子、家屋修繕費、協同組合費、薪炭費、電灯費、籾摺費、電力料、油代、新聞雑誌代、苗代、保温用紙代等、前各号に掲げるものと持別控除経費とされるものを除いたその余の一切の経費から所得税法第一〇条第二項に定める家事上の経費及びその関連費を控除した金額を計算し、このうち普通田にかゝる分を一反当りに算定して標準化したものである。

(三) 普通田適用所得の算定方法

前掲反当り所得標準において収入金額から必要経費を控除した差引所得金額は実面積一反当りの所得金額を示すものであつてこれを耕作面積に乗ずると普通田所得金額が算定されるわけである。しかして耕作面積の把握は、土地台帳等の公簿面積と一致している農業共済組合の農作物共済引受面積によつてなされるのであるが、耕地整理を経ていない農地の実面積はその公簿面積よりも広くいわゆる縄延びがあるため、縄延びのない耕地整理地耕作者とそれのある未耕地整理地耕作者との間の税負担の衡平を計るため未耕地整理地に適用すべき反当り所得標準金額は実面積一反当り所得標準金額よりも当該未耕地整理地の縄延び率(実面積と公簿面積の差額に対する公簿面積の比率)だけ増額されなければならない。ところで七郷地区における未耕地整理地の縄延び率は同地区全域を通じてほゞ九、五パーセントである。従つて七郷地区の場合反当り所得標準は耕地整理地については前叙の如くして算出した差引所得金額(但し一〇円未満の端数切捨)、未耕地整理地については右差引所得金額の九・五パーセント増しの金額ということになる。

(四) 普通畑の収入金額

標本となつた調査対象農家又は調査圃場につき実施した坪刈及び坪堀調査の結果を基礎とし他の調査機関の調査結果も参酌して各町村ごとの作物種類別反当り収穫量及び金額を定め、これに当該町村における各種作物の作付割合を乗じたものを合算して普通畑の反当り収入金額平均値とし、普通田の場合に準じて地力区分を行い該区分ごとに右平均値を基準に反当り収入金額を定めたものである。七郷地区の場合普通畑の地力区分は前掲所得標準表に示す如くA、B、Cの三段階になされた。

(五) 普通畑の必要経費、差引所得及び適用所得

普通畑の必要経費各科目についての算定は前述の普通田のそれに準じて行つたものであり、反当り収入金額から反当り必要経費額を控除した差引所得金額をそのまゝ反当り適用所得金額としたものである。

三、以上のようにして作成された前記農業所得標準は七郷地区の青色申告者を除く全課税対象農家に適用されその殆んどの者が異議なく右標準によつて自己の農業所得金額を算出して自主的に申告を行つたが、この事実は前記農業所得標準が七郷地区農家の農業所得推計の尺度としてきわめて妥当なものであることを裏書しており、原告についてだけ右標準に拠ることを不相当とするような事情はない。

四、原告の係争年度農業所得を前記農業所得標準に拠つて算出するにつき基礎となつた事実及びこれに右標準を適用して原告の右農業所得金額即ち原告の場合その総所得金額を算出した計算関係は次のとおりである。

〈表 省略〉

右のうち供出予約減税額というのは昭和三〇年度産米穀についての折得税の臨時特例に関する法律(昭和三〇年法律第一四九号)により農業所得者の総収入金の中に算入されないことゝされている金額であるが、原告は同年度において一一月一日以降に政府に売渡申込をしているので原告の場合右法律により総収入金に算入されないことになる金額は供出米一石につき金一二〇〇円なのである。しかし前記反当り所得標準の作成にあたつて収入金額算定の基礎とした米価の中には政府売渡の時期に応じて加算される時期別価格差金及び事前売渡申込をしたことにより支払われる申込加算金(石当り金一〇〇円)を含んでいない。それで反当り所得標準に拠つて所得金額を計算するときは政府売渡の時期いかんを問わずに総収入金に算入されない金額即ち供出予約減税額をば石当り金一一〇〇円として計算する仕組になつているのである。

五、係争年度における原告の概算所得控除額、生命保険料控除額、扶養控除額、基礎控除額はいずれも原告主張どおりであり、その合計額は金二七六、〇〇〇円であり、これを前記農業所得金額(但し一〇〇円未満の端数を切捨て、これを金三七六、五〇〇円とする)から控除した課税総所得金額は金一〇〇、五〇〇円、従つて所得税額は金二〇、〇〇〇円である。

以上のとおりであるから被告のなした本件審査決定は適法であり何らのかしがないものである。

(原告の再答弁)

一、被告は原告の農業所得金額を収支計算によつて算定するに足る資料がなかつたので農業所得標準によつて原告の農業所得を推計せざるを得なかつた旨主張するが原告は田を耕作するのみの農家であるから米の収穫高の如きは特に記録しておかなくともこれを容易かつ、正確に把握できるし又必要経費については農業経営の特質上受領証等を入手することのできないものを除いてはその殆んど全部のものについて証拠資料を備えていたものである。被告は原告のかゝる証拠資料をろくに調査もせずに安易に推計課税に出たものである。

二、被告が原告に適用した農業所得標準は実情を無視した数字でできておる不合理なものであり、又被告の右標準適用の仕方も不合理で全く天下り的である。即ち被告の主張によれば、原告の耕作田は被告主張の普通田反当り所得標準における五段階の地力区分中第二位の地力Bに属する普通田であり、右Bに属する普通田の所得標準は耕地整理地にあつては公簿面積即ちこの場合実面積の一反当り二石八斗三升の収穫があることを前提とし、未耕地整理地にあつては縄延びの関係で公簿面積一反当りで右実面積一反当り収穫高の九・五パーセント増し即ちほゞ三石の収穫があることを前提として作成されたものということになるのであるが、原告の耕作する田地には地力の低いところが少くなく、その耕作する全田地の地力を平均しても七郷地区で中の下に相当し又それは未耕地整理地ではあるが、被告の主張するような縄延びはない。しかも原告は昭和三〇年度には稲作に相当の被害を受け、反当り収穫量二石三斗以下なりとして仙台市農業共済組合に被害申告したもの一町一反四畝に及びそのうち減収率三五パーセント反当り収穫量一石五斗と評価されたものが八反二畝もある。かくて原告の係争年度における公簿面積一反当り平均収穫量は二石六斗に過ぎなかつたのである。右の事実は被告主張の反当り所得標準がいかに不合理であり、かつ又被告が原告の耕作する田地全部をば右標準上地力区分Bに属する普通田とし、これにつき定めた所得標準に拠つてなした原告の係争年度農業所得の推計がいかに不当であるかの証左である。しかのみならず、被告は原告の右農業所得推計に当り、係争年度に原告の耕作田が前叙のような減収を見たに拘らず、いやしくも反当り所得標準によつて所得を推計する以上推計の結果を減少させるため減収田につき適用することに政府自ら定めているところの災害減算標準を全く適用しなかつた。これは、被告による原告の係争年度農業所得推計の方法がいかに不当であるかを端的に示すものである。右のほか反当り所得標準に折込まれた反当り肥料代や農耕牛馬の標準飼育費の如き必要経費は不当に少く見積られている。されば七郷大字六丁目地区の納税農家の間に前記農業所得標準及び政府によるその押し付けに対し大きな不満があつたのである。なお原告が係争年度に畑を耕作したことは否認する。

(被告の再々答弁)

原告は係争年度においてその耕作田につき災害のため減収を見た旨主張するが右主張事実は二畝一九歩(中道西一四番)の範囲に農作物共済引受反収率による基準収穫量の六〇ないし五〇パーセントに達する減収があつた限度でのみ認める。しかしながら右減収量は実質的に微々たるものであり、かつ、原告は右減収につき仙台市農業共済組合から農作物共済金として金五四七円の支払を受け、これに因りその損害を填補された。したがつて被告のなした原告の係争年度農業所得推計の合理性は右減収によつて毫も損われるものではない。

(証拠関係)

原告は甲第一ないし第二五号証を提出し、このうち第二二号証は原告が昭和三〇年度に臨時雇入れした人夫から徴した人夫賃受領証に基いて自ら作成したものであると附陳し、証人中村末吉、同油井金芳、同遠藤正の証言を援用し、乙号証中第一号証第二号証の一ないし三第七号証の二第九号証第一〇号証の一ないし六第一一号証の一、二第一二号証の成立を認め、第七号証の一につき原本の存在は認めるが、原本の記載中原告の署名捺印は原告がなしたもの、申告反収欄は何人かがほしいまゝに記入したものである、その写の成立は認めると附陳し、その余の乙号各証の成立は不知であると述べた。

被告は乙第一号証第二号証の一ないし三第三ないし第六号証第七号証の一、二第八第九号証第一〇号証の一ないし六第一一号証の一、二第一二号証を提出し、このうち第七号証の一は原本の写であると附陳し、証人高橋博同成瀬格同跡部正二の証言を援用し、甲号証中第二ないし第六号証第一一第一二第二四第二五号証の成立を認めその余の甲号各証の成立は不知であると述べた。

当裁判所は職権で原告本人を訊問した。

理由

一、原告が仙台市七郷大字六丁目において農業を営む者であること並びに原告の昭和三〇年度の総所得金額たる農業所得金額乃び所得税額についての確定申告、これに対する仙台北税務署長の更正処分、これに対する原告の再調査請求と右税務署長によるその棄却決定、これに対する原告の審査請求とこれに対する被告の審査決定即ち本件審査決定がいずれも原告主張のとおりに順次なされたことは当事者間に争いがない。

二、原告は係争年度における原告の農業所得金額は金二九四、七九九円で所得税額は金二、八五〇円であるから被告が本件審査決定において原告の同年度農業所得金額を推計によつて算出しこれを金三七六、五〇〇円、所得税額を金二〇、〇〇〇円としたのは違法であると主張する。よつてこれについて判断する。

(一)  先ず証人高橋博同成瀬格の各証言及び甲第一ないし第二二号証によれば、原告は昭和三〇年度におけるその農業所得をばその総収入金額から必要経費総額を差引いて算出するに必要な資料として、原告が政府に売渡したいわゆる供出米の供出石数を示すものゝほかは肥料購買費、農耕馬飼養料、土地家屋にかゝる公租公課等の必要経費の一部を明らかにする受領証等を若干所持していたのみであつて収入を明らかにするのに不可欠な収穫農産物に関する記録は全く備えていなかつたこと、そのため被告は原告からなされた審査請求についての調査において原告の確定申告にかゝる農業所得金額が正確なものかどうかの確認ができず、他方右調査によつて確認できた原告の農業経営規模を前提として推計によつて原告の係争年度農業所得金額を算出してみるときは右確定申告にかゝる所得金額をかなり大巾に上廻るので前者をもつて原告の係争年度農業所得金額として本件審査決定に出たものであることが認められる。しかして政府が原告のような納税義務者の所得金額を調査するに当り右認定のような方法で所得金額を推計によつて算出することは所得税法の許容するところであるから、被告が右認定のように推計によつて原告の所得金額を算出したこと自体はもとより適法であり右認定のように推計で算出された所得金額は、該推計方法にして合理的なものである限り、真実の所得金額と推定され、これを争う納税義務者の側において反対証明をなさない以上は覆らないものと解さなければならない。

(二)  進んで、被告のなした原告の係争年度農業所得金額の推計が合理的であつたか否かを考察する。

先ず、被告が右推計をなすに当り仙台市七郷地区のために用意された被告主張の如き農業所得標準に拠つたものであること自体は原告の認めるところであり、右農業所得標準なるものは要するに、農業所得の推計を容易ならしめるために適当と認められる農業経営上の単位を適宜選定し、その各単位につき標準として定めた所得額又は経費もしくは損失額であつて、その主要なものは農地一反当りの所得標準であり、それは、七郷地区の全農地をば仙台市農業共済組合による農作物共済引受基準反収を基準として上下段階的に地力区分を行つたうえ各地力別に実面積一反当りの収穫量を定め、次いで右一反当りの収入金額を導きこれから右一反当りに標準化した特定の必要経費を差引き右一反当り所得金額をば、田にあつては更に公簿面積と実面積の一致している耕地整理地と両者の一致しないいわゆる縄延びのある未耕地整理地とに区別して、割出したものであり、これを各自の耕作面積(公簿面積)に乗ずればその所得が算出できる仕組になつているもののところ、高橋博、成瀬格、跡部正二の各証言、成立に争いのない乙第一号証第一〇号証の一ないし六第一一号証の一、二高橋証人の証言によつて真正の成立を認める乙第三第八号証成瀬証人の証言によつて真正の成立を認める乙第四ないし第六号証を綜合すれば、前記農業所得標準は被告主張のような方法に則り誤差をできるだけ少くするための相当の配慮を尽して作成されたものであること、農業共済組合による農作物共済引受基準反収なるものは共済事故による減収があつた場合右組合が当該農地を耕作する組合員に共済金を支払うべきか否かを決するにつき基準となる当該農地の一反当り収穫量であり、それは要するに当該農地の平年作における一反当り収穫量であつて農地の地力区分の基準として一応相当なものと認められること、原告の居住する仙台市七郷大字六丁目地区の課税対象農家六四人のうち五五人までが前記農業所得標準によつて自らその農業所得を算出して係争年度の確定申告をしておりその余の者も右農業所得標準による推計所得金額をもつて更正処分を受けながら原告のほかはすべて不服申立をしなかつたことが認められる。以上認定事実によれば前記農業所得標準は仙台市七郷地区の農家の農業所得金額推計の尺度として一応合理的なものといわなければならず、従つてこれに拠ることの妨げとなるような事実の存しない以上これを適用して算出した農業所得金額は合理的な推計によるものとせざるを得ない。

ところで、原告が昭和三〇年度において未耕地整理地である田一町九反六畝(公簿面積)を耕作したことは当事者に争いなく、原告がその署名捺印の成立を認めるによりすべて真正に成立したものと認める乙第七号証の一及び成立に争いのない同号証の二によると、原告の耕作田についての仙台市農業共済組合による農作物共済引受基準反収はいずれも二石四斗もしくは二石五斗であることが認められる。従つて原告の耕作田の地力は前記農業所得標準の普通田の地力区分に従へばいずれもAもしくはBに属するわけであるが、被告は原告の係争年度農業所得を推計するに当り原告の耕作田をすべて地力Bの普通田に該当するものとして前記反当り所得標準を適用したというのであり、かつ、地力Bに属する普通田の反当り標準所得は実面積一反当り二石八斗三升の収穫量(七郷地区の未耕地整理地に被告主張の如く九・五パーセントの縄延びがあるものとすれば未耕地整理地についての公簿面積一反当りの収穫量がほゞ三石となることは計数上明らかである。)があるものと前提して作成されているというのである。他方原告が係争年度においてその耕作田のうち二畝一九歩につき農作物共済引受基準反収率による当該田地基準収穫量の六〇ないし五〇パーセント減収したことは被告の認めるところであり、成立に争いのない甲第二二号証乙第九号証、証人油井金芳、遠藤正、中村末吉、跡部正二の各証言原告本人訊問の結果を綜合考較すると、原告の係争年度における稲作は前記のような減収をみたものゝほか一町二反三畝二一歩(これに前記減収にかゝるものを合算するにおいては原告の全耕作田面積の六三パーセントを超える)に互つて芳しくなく公簿面積一反当り収穫量は高々その共済引受基準反収相当量即ち二石四斗ないし二石五斗に過ぎず、原告の耕作田全部を平均しても収穫量は公簿面積一反当りでほゞ二石六斗であつたことが推認される。しかして右認定の如く現実の収穫量が所得標準作成の前提とされた収穫量より少いことが明白である以上当該農地を農作物共済引受基準反収による地力区分に機械的に当てはめ、該区分につき定められた所得標準を適用して農業所得を推計するのは明らかに不当であり、被告が原告の全耕作田をば地力Bに属する普通田として前記反当り所得標準を適用した結果原告の農業所得が実際のそれを不当に上廻ることになつたことは明らかである。尤も乙第四号証(収税官吏作成にかゝる聴取書)によれば、七郷地区農家の事情に精通していると思われる安達平右衛門は原告の耕作田にB地力の普通田反当り所得標準を適用するのを結論として妥当なものだと述べている。しかし右書証中には原告耕作田の地力、係争年度の稲作が必ずしも芳しくないことを窺わせるような記載も散見され、かつ、右書証は本訴提起後の作成にかゝり同人が証人となるのを避けるために作成されたのではないかとの疑もあつて同人が右のように結論的に述べているところは直ちに採用し難く、これをもつて前記認定を覆すことはできない。その他前記認定を左右するに足る証拠はない。

次に前叙の如く係争年度において原告の耕作田中二畝一九歩につきその農作物共済引受基準反収率による基礎収穫量の六〇ないし五〇パーセントの減収があつたに拘らず被告が原告の係争年度農業所得推計に際し災害減算標準を適用しなかつたことは被告の明らかに争わないところであるから被告においてこれを自白したものとみなすが、前示証拠並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、前記反当り所得標準によつて農業所得金額を推計する場合において農作物共済引受基準反収率による基準収穫量の三〇パーセントを超える減収のあつた田があるときは、右反当り所得標準と並べて用意された災害減算標準(たゞし、その具体的数字についてはこれを窺うに足る証拠がない)を適用することにより当該田地耕作者の推計所得金額が然るべく減少するよう調整することにしていたものであり、事実又そのような調整をしなれば合理的な農業所得推計は期せられないものであることが推認できる。この点に関し被告は原告が前記減収によつて蒙つた損害は農作物共済金五四七円の支払を受けたことによつて十分填補されたものである旨主張し、右金額の共済金の支払を受けたことは原告も争わないのであるが、それが、減収量相当価額の五分の一も填補するに足りないことは甲第二二号証乙第一二号証によつて容易に窺知できるから被告の右主張は採用できない。されば被告が原告の係争年度農業所得推計にあたり災害減算標準を適用しなかつたのは不当であり、この点からしても被告推計にかゝる原告の農業所得金額は実際のそれを上廻ることになつたことは疑いがない。

以上認定したところによれば、被告がその主張の農業所得標準によつて原告の係争年度農業所得金額を推計した方法は爾余の点を判断するまでもなく不合理なものと断ぜざるを得ず、かつ、原告の係争年度農業所得金額を当裁判所が推計算出することもできないから結局被告主張の原告の係争年度農業所得金額についてはその全額につき証明がないものといわざるを得ない。されば本件審査決定中原告の係争年度農業所得金額即ち総所得金額を金三七六、五〇〇円、所得税額を金二〇、〇〇〇円と定めた部分はすべて違法である。

三  原告は本訴において被告のなした審査決定中原告の係争年度所得税額を金二〇、〇〇〇円とした部分を取消し、これを金二、八五〇円と定める旨の判決を求めるものであるが、その訴旨は要するに、本件審査決定で所得税額を金二〇、〇〇〇円とした部分中金三八五〇円を超える部分の取消を求めるにあるものと解される。

しかして前叙の如く本件審査決定中所得税額を定める部分は全部が違法なのであるからその一部の取消を求める原告の本訴請求はこれを正当として認容しなければならない。訴訟費用は敗訴当事者たる被告の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 中川毅 宮崎富哉 佐藤邦夫)

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